中村地平
宮崎が生んだ偉大な人物
―南方文学の旗手―
中村地平
(1908から1963)

中村地平の略年譜
| 西暦 | 年齢 | できごと |
|---|---|---|
| 1908 | 1才 | 2月7日、宮崎市淀川町の商家に生まれる。本名、治兵衛。 |
| 1925 | 18才 | 旧制宮崎中学校を卒業。在学中に佐藤春夫の台湾小説に憧れを持つ。 |
| 1926 | 19才 | 台湾総督府立台北高等学校に入学。台湾の印刷文芸誌『足跡』を発刊。 |
| 1927 | 20才 | 文芸部委員として交友会雑誌『翔風』を編集。 |
| 1930 | 23才 | 台北高等学校を卒業。同年4月、東京帝国大学文学部美術史科に入学。 |
| 1932 | 25才 | 「熱帯柳の種子」を文芸誌『作品』に発表。井伏鱒二に師事し太宰治らと交流。 |
| 1933 | 26才 | 東京帝国大学を卒業。籍を大学院に置いて文学活動を継続。 |
| 1934 | 27才 | 大学院を退学し、都新聞社編集局文化部に入社。 |
| 1936 | 29才 | 創作に専念するため退職。 |
| 1937 | 30才 | 「土竜どんもぽっくり」を発表。芥川賞候補となる。 |
| 1938 | 31才 | 「南方郵信」で二度目の芥川賞候補となる。 |
| 1939 | 32才 | 台湾各地を旅行し、「蕃界の女」「霧の蕃社」など台湾を題材にした小説を残す。 |
| 1941 | 34才 | 文人徴用。井伏らとともに徴用を受け従軍する。 |
| 1943 | 36才 | 2月結婚。12月に長女誕生。 |
| 1944 | 37才 | 疎開して宮崎市に帰郷。 |
| 1945 | 38才 | 日向日日新聞社に入社、編集総務となる。 |
| 1947 | 40才 | 第23代宮崎県立図書館長に就任。 |
| 1950 | 43才 | 「八年間」で三度目の芥川賞候補となる。 |
| 1957 | 50才 | 父常三郎が社長を務める宮崎相互銀行の取締役に就任。 |
| 1961 | 54才 | 父の後継者として宮崎相互銀行社長に就任したが翌年辞任。 |
| 1963 | 56才 | 2月26日死去する。 |
中村地平関係のリンク(すべて外部サイトにリンクします)
- みやざき伝承プラットフォーム
宮崎県出身の偉人を紹介する宮崎大学地域資源創成学研究科のホームページ。 - 中村地平ドキュメンタリー映画
延岡市出身の美術家小松孝英氏制作の映画「中村地平」公式ホームページ。 - 青空文庫(中村地平)
インターネット電子図書館「青空文庫」の中村地平作品リスト。
お問い合わせ 電話番号:0985-29-2954(情報提供課郷土情報担当)
