宮崎県立図書館

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2022/11/23

募集:「やっぱり県立図書館。」と思った本

| by T2
やっぱり県立図書館。」と思った本

県立図書館では、皆さんの生涯学習、生活やお仕事の困りごとの解決、宮崎のことを知るため等に役立つ本をご用意することに力を入れています。
身近な“まち“(市町村)の図書館の本棚で必要な本が見つからないとき、皆さんのお役に立てれば、と思っています。
そのため県立図書館は、少し「お堅く」見える本が多いかもしれません。
「県立図書館だから」で出会い、助かった、良かった、発見した、という県立図書館の本のエピソードを募集し、以下の本をご紹介いただきました。 
これからもご紹介お待ちしております。

https://shinsei.pref.miyazaki.lg.jp/SksJuminWeb/EntryForm?id=cNymkjDn



1  宮崎弁の微妙な違いが分かる
   紹介者 西元瑛飛様 20代
   本『残さんね宮崎弁 』改定版 早野慎悟著 宮崎日日新聞社
「宮崎弁独特の話し方が分かる。また、宮崎の中でも県北から県南で微妙な話し方の違いがあることも分かる。県外出身の私が、宮崎出身の方とお話するときに、会話の節々で疑問に思うフレーズがあったが、「そういう意味だったのか!」と納得することができた。」

2  一葉『にごりえ』理解に役立った県立図書館の蔵書
   紹介者 「一老爺」様
   本『日本歌謡集成』(1~12巻)高野辰之著 春秋社
「何年か前のことです。近隣の方に読書会の講師を依頼されました。図書の選択も任されました。夏目漱石『虞美人草』、有島武郎『生まれ出ずる悩み』、山本周五郎『青べか物語』を読み、次にわが鐘愛の樋口一葉の『たけくらべ』『にごりえ』を選びました。雅俗折衷体の一葉の文章は確かに読みにくいことは否定できませんし、補助説明や語注が不可欠です。私がテキストに選んだのは文庫版「ダイソー文学シリーズ樋口一葉」でした。ところがこれには註が少なく、どうしてもかなりの補足が必要でした。『たけくらべ』はともかく『にごりえ』にはキーワードとなる引用や比喩が多数含まれており、これらを理解することが読解の要諦になります。しかし私の所有する国語辞典、国語便覧、国文法参考書などでは用に足りませんでした。頼みの綱が「そうだ、県立図書館!」でした。私は一葉関連参考図書を求めひんぱんに図書館詣でをしました。求めよさらば与えられん。書架を渉猟し探り出したものの一つに大部の『日本歌謡集成』がありました。この書は大いに助けになり、私たちの一葉理解を深めてくれました。この書がなかったら、会に集う人たちの一葉理解は浅薄皮相なものになり、私自身も不充足感をいつまでも残したままになっていたでしょう。まことに図書館に感謝一杯でした。」

3  今だからこそ「戦争」「平和」をうたった詩集を
   紹介者 福原陸斗様 20代
     本『日本の詩 10 せんそう・へいわ』遠藤豊吉編著 小峰書店
「さまざまな作者によるせんそう・へいわが詩として表現されている。ニュースで画面越し、紙面越しに見る「戦争」はどこか遠い世界のような印象を受ける。しかしながら、必ずと言っていい程「戦争」で大きな被害を受けるのは何の罪もないそこに暮らす人々である。一部の権力者たちが「国の為」だと言いながら正しさを武力によって証明しようとする「戦争」。そして、「平和」という文字がどこかおぼろげになってきた今だからこそ、読むべき本である。この詩集は、戦争を体験していない私に戦争というものの悲惨さと無意味さを教えてくれた。」

4  宮崎市の町名の由来を知る
  紹介者 奈須浩文様 40代
  本『地名にみる原風景宮崎市街字町名誌』田代学著 江南書房
「宮崎市の町名の由来について詳しく書いてあります。何年か前に読んで見て、この本はすごいと思いました。この本を読んで今まで知らなかったことや新しい発見がありました。読んで見る価値はだいぶあると思います。宮崎市江平町で医師をされているみたいです。県立図書館の2Fで講演会が前にありました。「新山形屋にはまだ1回ぐらいしか行ってない」と言ったのを覚えています。なつかしい昔の町名や呼び方の意味が詳しくわかります。明治大正のことがわかりますよ。」

5  仕事で参考に
   紹介者 諏訪順也様 50代
   本『家畜ふん尿処理・利用の手引き2004』
北海道立農業・畜産試験場家畜ふん尿プロジェクト研究チーム編 北海道農業改良普及協会
「ふん尿処理施設・機械の実際例について事例紹介。仕事でふん尿処理の計画、設計をするに当たって、スラリー処理のし方を全国の事例や実績データを参考に計画・設計することができた。」

6  90年前の本もきれいに保管している県立図書館
   紹介者 戸高豊文様 60代
   本 『ブッデンブロオク一家』 世界文学全集第19巻 トオマス・マン著 成瀬無極訳 新潮社
「トオマス・マンが26歳の時の作品。1901年に発表されたトーマス・マンの一族の物語で、1929年のノーベル文学賞の受賞理由にもなった。世界的文豪トーマス・マンの作品が読みたくて受付で探してもらった。出てきたのは昭和7年の本。90年前だ。私は、いいなあ、と手でさすりながら旧字体を読み始めた。不思議に読みやすい。90年前の本がきれいに保管されているなんて、県立図書館はすごい!」

7  読み返す自伝
   紹介者 谷口行利様 60代
 『自由への長い道』(上・下巻)ネルソン・マンデラ著 東江一紀訳 日本放送出版協会
「アパルトヘイト解放のネルソン・マンデラ氏の自伝。リーダーシップを学ぶのに最適。」

8  地平と桃甫の交流を知る
   紹介者 匿名希望 40代
   本『告別式前後』中村地平著 県立図書館複製
「台湾から引き揚げた本県出身の画家塩月桃甫との戦後の交流をベースに桃甫の教え子である作家の中村が小説伝記で執筆した短編。書籍ではないものの、コピーとして館に所蔵されていた。本県の戦後文化や復興を語るには欠かせない2人について知る上で必須の文献。記事を書く上でたいへん助かった。第2線の図書館としての役目の大切さを改めて実感した。」

9  夭折した当館司書の梶原文庫から
   紹介者 足立泰二様 80代
   本『シェリング研究』赤松元通著 弘文堂書房
「ドイツ観念論哲学の展開に寄与の大きなシェリング研究を前期と後期に分け論考したもの。とくにシェリングは「精神は見えざる自然であり、自然は見える精神」の箴言あり!!戦後の赤茶けた本の中にシェリング研究所を見出し、その後の自然哲学研究に役立った。とくにこの本が日本初の図書館学科(慶応大学)卒でありながら夭折された国富町深年出身の宮崎県立図書館の司書、梶原勅昭およびご遺族の寄贈書と知り、一層の関心を持った。」

10育児に悩む方へ届けば
  本『ははがうまれる』宮地尚子著 福音館書店 
  紹介者 匿名希望 30代
「精神科医として勤める著者による子育てのエッセイ。初めての育児中、県立図書館に子どもの絵本を借りにきたときに、この本に出会いました。まばゆいくらいの育児雑誌にはない、ストレートな著者の言葉が胸にささりました。ステレオタイプな私の子育て観を変えてくれた一冊です。できない自分、ダメな自分を受け入れられるようになりました。
現在は五ヶ瀬町に居住していますが、町内の公民館には時期ごとに「きとらす」という黄色い車に乗って運ばれた県立図書館の本が並んでいます。
子どもも小学生になり、親子で図書を楽しんでいます。
あのとき手にした「ははがうまれる」という一冊が、育児に悩む誰かを救っているといいなと思います。」

11県総合博物館設計への板倉準三の思い
  紹介者 川越祐子様 40代
  本 『現代日本建築家全集〈11〉坂倉準三ほか』 栗田勇監修 三一書房
「モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエに師事した3人の日本人建築家のうちの1人、坂倉準三氏の作品を紹介。代表作は、パリ万博日本館、神奈川県立近代美術館、新宿駅西口広場など。宮崎県には、坂倉建築研究所の設計で、県総合博物館、県東京ビル、県青島青少年自然の家の3つの作品があります。
これらの建築についてまとめる機会があり、県立図書館にあったこの本を借りました。本の中には、県総合博物館設計への想いについて、当時の黒木知事にあてて書いた坂倉さん直筆の手紙が掲載されていました。とても貴重な資料です。
そしてなんと、この本は、坂倉準三さんの妻・百合さんが寄贈したもので、名が入っていました。
宮崎とのつながりを感じることができる本。これからも大切にしていただきたいと
思います。」

12あらゆるときに寄り添ってくれる本
  紹介者 福原陸斗様 20代
  本『星の王子さま』サン=テクジュペリ作 三田誠広訳 講談社
「砂漠に不時着してしまった主人公と別の星からやってきた王子さまの物語。
 王子さまはバラの花とケンカしたことがきっかけで自分の星を出て様々な星を旅し、そこに住んでいる大人たちと出会う。最終的にたどりついた地球で自分の星のバラが特別な存在であったことに気付く物語。 「大切なものは目には見えない」この言葉は『星の王子さま』が教えてくれた私の大切にしている言葉のひとつです。
 この物語は読むごとに解釈が違ってきますし、注目する場面や言葉も違ってきます。きっと、その時の自分自身の置かれている現状が影響しているのだと思います。なので「どんな物語なのか?」と聞かれると毎回困ってしまいます。でも、疲れたとき、落ち込んだとき、失敗したとき、生きていくことが嫌になったとき、大切な人を失ったとき、あらゆるときにこの物語は私にそっと寄り添ってくれました。
 この本は子どもだけでなく、あらゆる世代の方にとっても魅力的な本であると私は思います。」

13宮崎の歴史、地理を知るに欠かせない
  紹介者 田代学様
  本『日向地誌』平部きょう南著 青湖社 ※復刻版
「明治10年頃に編集された宮崎県全域の歴史、地理、風土などまとめた1600貢の本。これがなければ宮崎の歴史、地理は語れない(それをPDFにして図書館に寄付しています)。」

14杉田文庫より
  紹介者 足立泰二様 80代
  本『自然科学者としてのゲェテ』
    ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ著 勝見勝訳 アルス
「19世紀ドイツ・ハイデルベルグ大学副総長演技的総長)に就任した医学・物理学で顕著な功績を挙げたヘルムホルツのゲーテ論。人生の後半、縁有ってゲーテの自然科学的論考を調べる中、偶然宮崎県立図書館の「杉田文庫」の中に見出した。戦後間もない時の本として貴重な冊子を見だしさらに国会図書館で原著に触れることが出来た。」

15明智小五郎が昭和の東京で活躍
  紹介者 MS様 60代
  本『少年探偵江戸川乱歩全集』江戸川乱歩作 ポプラ社
「昭和29~30年代の東京を舞台に、明智小五郎と助手の小林少年(少年探偵団)が事件を解決していく。子ども向けミステリー。国内の西洋建築写真集を見ていて、ふと、子ども時代によく読んでいた乱歩の「少年探偵団シリーズ」を読みたくなった。検索をかけて、出てこず、諦めていたが、受付の方に再度検索をして頂き、ゲット! 戦後のアナログな時代を反映するかのようなストーリー、語り、さし絵に新たなる感動。「お屋敷写真集」と並行してシリーズを読むと、嗜好が満たされていきます。」

16宮崎の山林の帰属問題を知る
  紹介者 甲斐嗣朗様 70代
  本『宮崎県山林沿革資料』小寺鉄之助/著 宮崎県史料編纂会
「明治時代に行われた山林の帰属問題(官林か民林か)の帰趨をとらえた作品。明治以降から現代に至る宮崎県の山林問題の特長とその変遷をよく理解することができ、また営林署職員として活動した伯父の生涯を2冊の本にまとめ、県内の山林を歩き回ることができた。」
  ※甲斐様からは下記の文も寄せていただきました。ありがとうございます。

 やっぱり県立図書館
 わたしの宮崎県立図書館とのつながりは高校卒業後に始まる。東京の大学受験に失敗したわたしが県立図書館に通う一番の理由は、そこで勉強をするためであった。9時の開館と同時に図書館に入り、夕方5時頃に図書館を出た。行き帰りは自転車。勉強の合間には、本棚から小説のたぐいを選んでは読みふけった。昭和39年8月から同40年3月までのことであった。
 2度目の大学受験では、いろいろあったが、ともかく地元の宮崎大学に合格し、4年で卒業し、卒業後1年の就職浪人のあとに、県立高校の教員になった。教員になってからは、学校に図書室もあり、必要な本は自分で買ったりしていたので、県立図書館とはあまり縁がなかった。
  県立図書館を身近なものとして再び利用しだしたのは、わたしが定年退職をしてからである。退職後のわたしの夢は、伯父(母の兄。昭和7年病死)、落合兼徳の生涯を知ることだった。退職前に高原高校に勤めていた縁もあり、川内川の奥にある「大平官行斫伐所」を訪ねることは、従姉妹(伯父の娘)たちの願望でもあった。山好きな友人が先に「斫伐所」を探し当てていたので、この願望は1年後に実現した。今度はわたしが案内して、長女(当時78歳)や次女(76歳)、わたしの姉(77歳)を連れて、かつて2人が父母と一緒に住んでいた斫伐所に行ったのである。その事前準備として「眼鏡橋」を含むトロッコ鉄道(森林鉄道)の線路跡の追跡調査もおこなった。その際、えびの市大河平周辺の山地にもよく足を運んだ。
 と同時に、小林市の夷守岳にある「巣之浦官行斫伐所」から小林駅まで延びている森林鉄道の線路跡の調査も自力で行った。こうした探索は山奥でのわたし1人の孤独な作業であった。
 その頃出会ったのが、県立図書館にあった小寺鉄之助先生の『宮崎県山林沿革資料』である。これには「明治十二年取調山林沿革史」、「宮崎県山林特別処分」、「山林事件新聞資料」、「県北山林沿革と始末」、「去川山林下戻し一件」、「諸県郡衆力山事情」、「大河平山林事件」として、西南戦争後の宮崎県(当時は鹿児島県)全域の山林事情が記録され、その後の宮崎県の山林事情、当時の新聞が書いた山林問題、県北の特別な山林事情、去川山林の民有への返還などが記録されている。
 国の方針は、ほとんどの山林を国有化(官林化)することであったから、誰もが山に出入りできる「入会権」が認められた山林も官林化された。その手始めが、小林村の木浦木、高岡村の去川、同村の楠見であった。わたしはこの3つの山林にも入った。木浦木山林は山林職員の「説諭」によって明治16年に「地種組替願」を出させられ官林となった。二見昌賢が持主惣代をしていた去川山林は最後は「命令」で官林とされた。二見甚右ヱ門(のちの政治家・二見甚郷の祖父)が惣代をしていた楠見山林も「命令」で官林となった。
  こうして宮崎県南部(児湯郡以南)の山林はことごとく官林となった。国や県による調査は県北に及んでいく。しかし県南の官林化を見ていた県北は、始めから抵抗がつよく、かつての延岡藩の家臣・原時行や小林乾一郎が先頭となって闘った。この時は、美々津の椨時峠、北方町の慈眼寺、延岡の台雲寺・愛宕山を訪ね、2人の闘いの後を探った。わたしの足は、延岡市北浦町・直海にも延びた。ほとんどが宮崎市からの日帰りの旅であった。
  延岡藩はもともと民有林が多い土地柄であった。明治21年頃であろうと思われるが、最後の調査にきた国や県の役人を耳川北岸で武装(おそらく刀や槍)して待ち構え、翌明治22年九州沖縄八県連合会が本県で開催されることになった機会に来県した井上馨農商務大臣の決断を受け、「官民有林の境界は地租改正の図面によって査定すべし。既往四ケ年間における山林処分については人民の紛擾を起こさぬよう鎮撫に努めよ」とされたのである。この英断によって県北山林の民有は手つかずで守られた。県北町村には官林が0%の所もある。県南との大きな違いがある。
  今回改めて『宮崎県山林沿革資料』を読み直したが、なかなかに重みのある読書であっ
た。これもわたしが県立図書館に通い続けていただいた「僥倖」の1つであったと思う。こ
うした精進の上で、『東臼杵郡山林事件はいつ起きたか』や『とこしえの森 須之浦・大
平』の2著がある。のちに書いた2著を加えて、県立図書館に寄贈している。


18:09

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